山歩きの記録,  丹沢

鍋割山・塔ノ岳・丹沢山に登る(R8.3.1~3.2)①

今年最初の小屋泊まり山行は当初、夏沢鉱泉泊まりで八ヶ岳・硫黄岳と根石岳に登る計画でした。
ところが、事前リサーチの結果…近年稀にみる少雪で、硫黄岳の山頂はほぼ積雪なし、オーレン小屋付近もところにより地面が顔を出している状況であることが判明しました。
年に一度はピッケルとアイゼンを使った冬山に行こうと張り切っていたのですが、これでは遠くまで遠征する価値はないな…と。

そこで急遽計画したのが、今回の丹沢遠征なんです。
出発直前の金曜日に尊仏山荘に電話で予約を入れました。
日曜日からの一泊山行ですが、日曜日の天気予報は晴れ、月曜日はガスで時折陽も差すというものでした。

常磐線地元駅を始発電車で出発して、新宿に出てロマンスカーで秦野まで行き、急行に乗り換えてひと駅の渋沢で下車します。
時刻は8時22分です。
大倉行のバスは46分発です。
バス停には4人ほど先客がいました。

15分ほどで大倉に到着です。
天気は快晴です。
身支度を整えて9時13分にバス停を出発しました。

二俣までは指導標が完備していますので迷うことはありません。

途中の河津桜が満開です。

鍋割山荘の営業案内が掲示されていました。

出発時にはモンベルの薄手のフリースを着ていましたが、すぐに脱ぎました。
ファイントラックのハーフスリーブアンダーにモンベルのウィックロンのハーフスリーブラグビーシャツ、そしてウールのアームカバーで丁度良い。
アームカバーは温度調節が容易でお気に入りアイテムです。

単調な林道歩きが続きます。

良い天気で何より…。

表丹沢県民の森の分岐です。
山と高原地図によればゲートを通っても右に分岐する林道を進んでもこの先で合流するようです。

私は右に分岐する林道を進みました。
二俣に到着です。
私が初めて鍋割山に登った昭和59年にはここ二俣に「神奈川県立登山訓練所」がありました。

小丸尾根の分岐です。

2021年の12月に忘年山行で同じルートを歩いているのですが、ところどころしか記憶がありません。

林道終点に到着です。

鍋割山荘のボランティア水歩荷のデポ地です。
私は遠慮しておきました。

ミズヒ沢を右岸に渡ったところでザックを下ろして休憩します。

後沢乗越までの急登に備えて腹ごしらえします。

さあ頑張りましょう!

少々荒れ気味のところもあります。

後沢乗越に到着です。
大倉から2時間10分強かかりました。

後沢乗越が標高800m、鍋割山が標高1272.4mなので470mほどの標高差があります。
ひたすら登る感じですね。
前回は、この登りにすっかりやられました。
今回はイーブンペースで登りました。

一回だけザックを下ろして小休止です。

鍋割山への最後の登りです。

山頂に到着しました。
既に20人近い登山者がくつろいでいます。
山荘の「鍋焼きうどん」目的の方がほとんどの模様です。

気温が高いため、ちょっと霞んでいますが立派な富士山です。

今日はスマホですが、ちよっとズームしてみました。

鍋割山は、社会人になって二年目の昭和59年9月24日に初めて登っています。
この時は大倉を8時半にスタートして10時52分に山頂に到着しています(所要2時間22分)。
今回は、3時間27分かかっていますので、当時の私がいかに健脚だったかがよくわかります。

二度目は2021年12月28日から尊仏山荘一泊の忘年山行で登っています。
この時は大倉から3時間48分かかっています。
トレーニング不足もありバテバテの道中で大丸手前では足が攣って最悪のコンディションでした。

私は鍋焼きうどん(2,000円也)はパスして山バッジと山の万能薬?コカ・コーラを補充しました。

小屋側のかやとの広場からは相模湾の眺めが素晴らしい。

さて、出発します。

私はこうした雰囲気が好きなんです。

左から蛭ヶ岳、不動ノ峰、丹沢山と続く丹沢主脈の山々です。
ちよっと雲が出てきました。

歩いてきたルートを振り返ると富士山が見えています。

小丸に到着です。

続いて小丸尾根分岐を通過します。

大丸の手前の平坦地でお昼にしました。

今日の宿の尊仏山荘の晩御飯は、カレーライスとわかっていながらカレーうどんをチョイスしてしまいました(*_*;。

大丸通過です。
前回、ここで小屋に電話して「16時には着けないかもしれない」と伝えています。
今日は余裕です。

金冷しで大倉尾根に合流しました。

ひと頑張りで塔ノ岳に到着です。
時刻は14時48分です。
すっかり雲が増えてしまいました。

大山はクリアーに見えています。

蛭ヶ岳から檜洞丸への主稜縦走路も…。

小屋でチェックイン手続しましょう。
尊仏山荘は三回目の利用ですが、初めて女性スタッフにお会いしました。
受付をしてくれた男性の小屋番氏は、私の宿帳の記載を見て
彼:「私も龍ヶ崎市に4年住んでいたんです。」
私:「ああ、流通経済大の卒業生ですね…」
こんな会話を交わしました。

今まで三度の利用ですが、彼には毎回会っています。
最初の利用時も今回と同じ会話を交わしています(^^)/

ザックを二階に上げてサンダル履きで写真を撮りに山頂へ…。
相模湾と江の島の眺望です。

だいぶ霞んできましたが、富士山も何とか見えています。

さて部屋の案内を…。
今日は5人の宿泊者でご夫婦が一組、あとは男性ソロの登山者です。
私の部屋はこちらです。
小屋番氏曰く「一人で使ってください。」と…。

7号室です。
前回と前々回はお隣の8号室でした。

こちらは廊下です。
両脇に寝場所があります。
電気設備がありますが20時には消灯になります。
ただ、夜中にトイレに行くのにヘッドランプを持たなくても、ランタン等の明かりで問題なく一階のトイレへ行くことができました。

部屋で布団を敷いているとなんと両足が攣りました。
結構強烈です。
しばらく悶絶です(*_*;
落ち着いてから「68番」を服用し、今更ながらストレッチを行いました。
前回のN君との山行でもやはり布団を敷いているときに足が攣りました。何でだろう…。

食事前に再度外へ出てみます。
雲が厚みを増してきました。
風も出てきて寒い。

明日は大倉尾根を下ります。

ユーシンには一度行ってみたいのですが…。
明日は丹沢山をピストンするつもりです。

尊仏如来の碑です。

小屋内を少々案内します。
ストーブが付いていて大変暖かい。
このストーブは一晩中ついていました。
食堂にもストーブがあって暖かかった。

こちらは小屋に入ったところです。
右が入口引き戸でその外に小屋宿泊者が翌日丹沢山ピストンするとき等にザックをデポできる棚があり、さらに外扉があります。
宿泊料金は掲示のとおり一泊二食付きで9,000円ですが、2021年に初めて泊まった時は「7,000円」でした。
諸経費高騰の折、値上げ止む無しですね。

二階への階段になります。
下駄箱に登山靴が5足です。
私の中山製靴のブーツはハイカットなので横にしないと入りません。
皆さんのブーツはミドルカットですね。

昭和16年の尊仏山荘だそうです。
当時は「尊仏小屋」だったんですね。

さて、お待ちかねの晩御飯です。
食べるのは三度目のカレーライスです。
流石定番の美味しさで、私も「半分お願いします。」と言ってお代わりしました。

食事中小屋番氏から
「いつもの2月だったら南岸低気圧が通過する度に丹沢でも降雪があるのですが、今年は上空の温度が下がらずに雨が多いんです。
明後日は雪の予報が出ていますが…
明日の予報は霧で時折晴れ間もあるとのことです。
気温も10℃には届かなくても割合高めで小春日和と言っていいんじゃないでしょうか…。」
とのアナウンスがありました。

食後は、何もやることがなく、18時には布団に入りました。

若い頃から山が好きで、いろいろなところに出掛けてきましたが、社会人になってからはかなりのブランクがありました。 それでも40代過ぎから自転車を始め、組み立てまで自分でこなすほどののめりこみようでしたが、現在は再び山へと回帰しています。 ただ、キャンプも好きで細君と年に数回関東甲信越のキャンプ場を訪れています。 もう還暦も過ぎたので「今のうちに行きたいところへ行っておこう」と自分に言い聞かせているのですが、ここ数年はコロナ禍で山もキャンプも自粛ムードでした。 新しいブログを出発点に野外活動を一層充実させていきたいと思っています。

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